第十五篇 聖杯
著者:shauna


 光が解け、空中にある物体が姿を現す。
 
 黄金と瑠璃とで装飾され、神々しく眩い光に包まれたこの世のものとは思えない程美しい杯。
 
 あれは・・・

 「シルフィリア・・・確かに私では君から聖杯を奪い取ることもアヴァロンに行くこともできないかもしれない。」

 杯は緩やかにシュピアの手元へと降りていく。

 「しかし・・・ならば、召喚してしまえばいいのだよ。水の証全ての魔力を使ってね。」

 緩やかにシュピアの手のひらの上へと収まる杯。

 その力から直接触れることの叶わぬそれは手の平の上10pの位置で輝きを失わずに停滞する。

 そんな馬鹿な・・・
 シルフィリアの顔が絶望一色に染まった。
 
 そんな馬鹿な・・・聖杯を召喚するなんて・・・“果てなき黄金の理想郷(アヴァロン)”からモノを召喚するなんて・・・
 考えたことが無かったわけでは無い。というより、ワザとしなかった。それをしたらおそらく自分でも魔力切れになるだろうし、アヴァロンから物を召喚するなど、それは冒涜に等しき行為だと思っていたから。

 だからこそ、ワザと自身の魔術研究の対象からも外していたのだ。

 なのに・・・

 それをアダにとられるなんて・・・

 いや、気が付くべきだったのだ。水の証を奪われた時点でその可能性を思考に入れておくべきだった。

 完全な失態。

 結果として聖杯は召喚され、シュピアの手に収まってしまった。

 最悪の結末。


 恐怖に怯える見た事もないシルフィリアにサーラとファルカスも不安を隠せない。

 「シルフィリア!!!」
 ファルカスが叫んだ。
 「教えろ!! 聖杯ってなんだ!!! どんな効果がある!!! 」
 
 「知りたければ教えてやろう。」
 邪悪な笑顔を浮かべながらシュピアが応える。

 
 「聖杯とは・・・持ち主の願いを3つ・・・何でも叶える宝具。」


 その口から紡がれた言葉にファルカスはもちろんサーラもロビンも信じられないという顔をする。

 「そんな・・・そんなスペリオル・・・シルフィリアさん!!! ホントなの!!! 」

 サーラの言葉にシルフィリアが静かに頷いた。

 「そんな・・・そんなの・・・」
 ロビンが僅かに震え出す。

 「さあ、シルフィリア。これでもう、君に勝ち目はなくなった。どうする? 」
 シュピアの言葉にシルフィリアは必死に頭を回転させる。

 どうする!! どうする!!!
 現状は最悪。絶対に渡してはならないモノが敵の手に堕ちた。

 あきらめたフリをして、聖杯を奪取する? いやダメだ。相手が警戒してる今、そんな茶番が通用するはずもない。なら、いっそのこと魔力に任せて無理やり突っ込んでみる? いや、これもダメ。だたの伝説クラスのスペリオルぐらいならなんとかなるが、今相手にしているのは聖杯。段違いどころがケタ違い。

 乳幼児がプロレスラーとガチンコファイトするようなモノだ。
 勝てるわけが無い。
 
 「まあ、君がこちらの言う通りにするというなら君達の言い分を聞かないまでもない。」
 
 シュピアの言葉にシルフィリアが僅かに反応する。
 まあ、本気で驚かないのは大抵言うことが分かっているからなのだが・・・

 「言う通りにする・・・とは? 」

 一応聞いてみるが・・・

 「私は・・・お前が欲しい。」

 やっぱりそんな内容だった。

 『アクシオ・・・真実の天秤(ユピテル・ユスティティア)・・・』

 シュピアが静かに唱えると空いてる手に魔法具が出現した。
 綺麗な天秤。鳥の羽を象った腕の先に金色の皿を付けたスペリオル。
 だが、その天秤を見てシルフィリアの顔がさらに曇った。

 そう・・・シルフィリアはそのスペリオルを知っている。

 “真実の天秤(ユピテル・ユスティティア)”・・・あれも・・・

 「懐かしいだろう? これも君の元から回収したものだからな・・・」
 シュピアの言う通りの代物である。
 
 そして、だからこそ、それがどんなものなのかもよく分かってしまう。
 
 本来ならこういう場合の対処方法は教科書的に決まる。
 
 街の市民がまだ家に残っているこの状況は、言い方を変えれば彼らを人質に取られたのとほとんど変わりない。
 そして、最優先事項は必然的に市民の安全となる。

 つまり、ここはひとまずウソでも受けるべきだ。

 シュピアが約束を守るとは限らないが、とにかく条件を飲めば今のこの市民を人質に取られている状況は打開できる。

 とりあえず受けるフリをして、まずは時間を稼ぎ、後から円卓の騎士団(レオン・ド・クラウン)全員で制裁を行う。

 それが最善。
 
 しかし、それを許さぬのがあのスペリオル。“真実の天秤(ユピテル・ユスティティア)”・・・
 強力な魔力を以って、標的となった人物の言動を絶対遵守せしめる伝説の宝具。

 つまり、嘘はつけない。もしつけば、たとえ嘘であってもそれを真実にしなければいけなくなる。自身の意思と関係なく。
 焦るシルフィリアにシュピアのさらなる一言が飛ぶ。
 

 「私の条件は君と聖蒼貴族の統率権を私達“空の雪”のものとすることだ。」


 その言葉にブチ切れたいのを必死に堪える。
 私だけでなく聖蒼貴族まで自分のモノにしたいなんて!!!それは傲慢を通り越して世界への冒涜だ。

 貴様如き小物が占めていいほど聖蒼貴族は安くもないし、落ちぶれてもいない。


 だが、しかし・・・この状況は・・・


 でも・・・聖蒼貴族存続の為に罪もない死人を出すわけにはいかない。


 こんなことならアリエスが病院に運び込まれたと聞いた時、こっそりセイミーを容体確認に向かわせたりするんじゃなかった。
 
 そうすれば自分が適当に長話してる間に奇襲してもらうこともできたのに・・・
 だが、今更そんな事を言っても仕方がない。
 現状を考えなくては・・・
 そして、この状況では答えは必然と決まってしまう。




 この状況じゃ呑むしか・・・



 「シルフィリア!!!! 」
 ファルカスの大声がおかしくなっていたシルフィリアの思考を取り戻す。
 「そんな奴の言うことを聞く必要はない!!! 」
 たった一叫び。それだけで胸の中に蔓延っていた黒いモヤモヤが少し晴れる。
 「そうだよシルフィリアさん!!!! 」
 続いてサーラが叫び出した。
 「全然!! 一切!!! 迷う必要なんてない!!! 」
 その一言で完全に頭がクリアになった。

 「シュピアさん・・・いいえ、あんな奴の言うこときくことない!! 他にも何か方法はあるはずだよ!!! シルフィリアさんなら大丈夫。」

 全然大丈夫じゃない発言だ。そもそも根拠が無い。でも・・・それでも・・・シルフィリアの思考の歯車を再び動かすには十分すぎる言葉だった。
 

 「で? シルフィリア? どうする? 」

 
 「・・・答えは・・・“否”です。」


 「では、交渉は決裂だね。」

 シュピアのその言葉と共にシルフィリアが構える。

 「ファルカス様・・・サーラ様・・・ロビン様・・・早く逃げてください。」

 何時になく深刻な声でシルフィリアが言葉を紡ぐ。それと同時に足元に展開し、光輝く魔法陣。
 シルフィリア特有の七芒星と12星座を表した巨大な魔法陣がゆっくりと複雑な軌道を描きながら回転する。

 「できるかどうかわかりませんが・・・やってみます。」
 
 その言葉にサーラが言い返す。

 「やってみるって・・・何を・・・」



 「聖杯を・・・破壊します。」

 シルフィリアが静かに言葉を紡いだ。


 『第二限定・・・解除(セカンドリミット・・・リリース)!!! 』


 その言葉と共に一気に場が変化した。まるで放電しているが如く、空気中にバチバチと飛び散る青白い火花。

 「そんな・・・」「馬鹿な・・・」

 それにはリオンやクロノだけでなくシュピアもが驚く・・・
 
 「・・・空気中に魔力が飽和するとは・・・白孔雀の魔力総量は我々の想像を遥かに超えたモノだったか。なるほど・・・確かにこれでは魔道学会の魔道士が敵うはずもない。」


 「早く!! 逃げなさい!!! 」
 シルフィリアの叫びにサーラ達が背を向け、聖堂を後にしようとする。
 
 それを見て、シルフィリアもすぐに詠唱を開始した。
 相手は聖杯。なれば、それを壊せる程の破壊力を持つ魔術となるとアレ以外無い。だから彼らを避難させたのだから。

 『・・・我が、フェルトマリアの名を背に召喚す。』

 「・・・そんなことを、させると思うかい? 」

 詠唱が星光の終焉(ティリス・トゥ・ステラルークス)だと気が付いたシュピアは焦る事もなく静かに呟いた。

 「聖杯よ・・・」

 聖杯が輝く。

 『名を問わず、柱を問わず、枝を問わず、我が名に仕えし誉れを欲するなれば・・・』

 「最初の願いだ。」

 『速く(とく)馳せ参じよ・・・』

 「“星光の終焉(ティリス・トゥ・ステラルークス)”、“絶対守護領域(ミラージェ・ディスターヴァ)”」

 『我がアーティカルタの名のもとに集い・・・』

 「“幻想なる刻の扉(イリューシオ・ホーラフォリス)”・・・」

 『顕れよ。すべての魔力よ・・・』

 「そして、私が知る限りの古代魔法のあの爆発的な魔力。」

 『我が前に集約せよ。悠久の果てに、闇に鎮め。』

 「その全てを・・・・」

 シュピアが願いを言い終わる前にシルフィリアが呪文を唱えた。
 力を上手くセーブし、できる限り小さくなるように魔法力を調整して、術を放つ。使用するのは己の魔力のみ。空間に飽和した魔力も精霊の力も借りない。

 これで放つ。

 シルフィリアが杖を掲げるとその先端に大体野球ボールぐらいの大きさの光玉が出来る。
 
 『星光の終焉(ティリス・トゥ・ステラルークス)!!!! 』

 シルフィリアが呪文のトリガを引く。光玉は一気に爆発し、純白の光で辺りを飲み込んで行く。
 
 それはまるで核融合の如く。

 ステンドグラスを割り、床を抉り、柱を粉末と化しながらどんどん光は増大し、侵食していく。
 が・・・それもインフィニットオルガンの手前まで差し掛かった時・・・
 
 光はそこに壁でもあるかの如く、消え去った。

 まるで力の均衡し合った波が互いにぶつかり合い、消えるように・・・
 やがて、均衡した2つの力はまるで風船に針を刺したように破裂し、辺りに静けさを取り戻させた。

 そして、それはシルフィリアの作戦失敗を意味していた。
 
 考えが甘かった。聖杯は完全にして絶対不可侵の存在。いくら他人の数千倍の魔力を有しているからと言って、それを破壊できるなどという考えがそもそも傲慢だったのかもしれない。


 そして・・・
 さらに追い討ちをかけるようにシュピアが一つ目の願いを完成させてしまった。

 「その全てを封印せよ!!! 」

 紡がれた言葉が聖杯に反応し、一層の輝きを示した。

 そして・・・

 その光がまるでグラスに注いだ水が零れるように聖杯からあふれ出し・・・

 あっという間にシルフィリアの体を覆っていく・・・


 !!!!!

 必死に抵抗するシルフィリアだが、光はまるで罪人を縛り付ける強靭な鎖のようにその体から離れようとしない。そして・・・



 「くっぅ・・・・ぅあああああああ!!!!! 」

 
 電流でも流されているのかという程のバチバチという閃光が四方八方に飛び散り、同時にシルフィリアが悲鳴を上げた。


 まずい・・・力が抜ける。
 体の中にある魔力がどんどん溢れ出していく。
 だが、聖杯はシルフィリアの魔力を奪うだけではなく、さらにシルフィリアの手首と足首に不思議な文様を描いていった。
 
 まるでメビウスの輪をいくつもつなげて鎖にしたような黒い刻印。
 
 それが施されると同時にシルフィリアにも本人しか感じ取れないある変化が訪れる。
 
 数千年という時を紡いで作り上げた自身の最高傑作“エクシティウム・エプタ”
 
 それが体内で放つ大いなる力をほとんど感じないのだ。
 
 やがて、光は止み、周囲に静けさが戻ると同時にシルフィリアが地に倒れ込んだ。

 ウソみたいに体が重い。それだけではない。いつもなら、まるで溢れ出る泉のように感じる魔力も今は水道から滴る水滴程にしか感じない。

 「シルフィリアさん!!! 」
 
 不安になり戻ってきた3人の先手を切ってサーラがその名を呼ぶが、届くことはなかった。



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